復興天守・大坂城を象徴し

大阪市の象徴となっているのが、大阪城天守閣である。

1928年に当時の大阪市長關一によって再建が提唱され、市民の寄付金により1931年に竣工した。

この市民の寄付には、申し込みが殺到し、僅か半年で目標額の150万円が集まった。

昭和以降、各地で建てられた復興天守の第一号である。

建物は、徳川大坂城の天守台石垣に新たに鉄筋鉄骨コンクリートで基礎をした上に、鉄骨鉄筋コンクリート造にサスペンション工法を用いて建てられた。

高さは54、8m。天守閣の中は大阪城天守閣という博物館になっている。

外観は、絵図を基に新たに設計されたものである。

大坂城の天守は、豊臣大坂城と徳川大坂城のそれぞれで建っていた場所も外観もまったく異なるが、復興天守閣では初層から4層までは徳川時代風の白漆喰壁とした一方、5層目は豊臣時代風に黒漆に金箔で虎や鶴の絵を描いている。

この折衷に対しては諸々議論があり、豊臣時代の形式に統一するべきとする意見もある。
update:2010年02月27日